錦鯉の歴史

錦鯉の誕生

日本の錦鯉は約200年前の江戸時代に新潟県長岡市(旧・山古志村)で観賞用の鯉として誕生し、日本で飼育改良された観賞魚です。当時、山古志村の人々は棚田で農作物を栽培しこの棚田の上にある池で真鯉を飼っていましたが、その中に突然変異により綺麗な色と模様の付いた鯉が見つかり、交配によって様々な種類に改良されてきました。それらの鯉が観賞用錦鯉のはじまりです。

交配の難しさ

錦鯉は基本的には真鯉とは同種(鯉)とされており、遺伝子的には固定されていない観賞魚です。例えば、昭和三色同士の交配を行なっても昭和三色が出現する確立は交配する錦鯉によって異なり、その交配の相性によってはほとんど昭和三色が出現しない場合もあります。

昭和三色の場合、昭和三色になりうる稚魚として黒い稚魚と、紅白、または紅白に準じたタイプの鯉などになりうる黄色い稚魚が生まれます。それは黒子率と呼ばれ、交配の組み合わせによっては黒子さえほとんど生まれない場合もあります。しかも黒子が全て昭和三色になるのではなく、成長するにつれ様々なタイプに分かれていきます。例え昭和三色になったとしても、その鯉が優秀な錦鯉になることは非常に低い確率となりますので、優秀鯉を生産することがいかに大変なのかお分かりいただけると思います。

現在の多種に渡る錦鯉の種類には、鯉師達の歴史が刻まれています。

錦鯉が全国区の人気に

錦鯉が全国的に知られるきっかけは、大正3年(1914年)に開催された「東京大正博覧会」に「変わり鯉」として新潟県の古志と魚沼郡から出品され、赤と白の色彩のある「紅白」の錦鯉は日本の国旗のイメージをもっていたので特に人気がありました。

「錦鯉」と呼ばれるようになったのは第二次世界大戦中からであり、それ以前は「花鯉」や「色鯉」などと呼ばれ、1968年に開催された第一回全国総合錦鯉品評会では日本を代表する観賞魚として、「国魚」という呼び名が付けられました。

そして世界の錦鯉へ

昭和30年代から日本原産の錦鯉は海外にも輸出されるようになり、近年では世界中に日本の錦鯉の愛好増えております。特に日本で開催される錦鯉の品評会には、米国、ヨーロッパ、アジア各国から愛好家やメディア関係の人々が多く参加しております。今後も日本原産の錦鯉は世界各国でも人気は高くなり、注目されていくことでしょう。

錦鯉の歴史が学べるサイト

  • 全日本錦鯉振興会サイト:錦鯉の始まりからの歴史を知ることができます。歴史を知ることは大切です。
  • 国際錦鯉普及センター:歴史だけではなく、錦鯉の系統・生態・ 鑑賞法・産地なども紹介。錦鯉の系統や生態などを分かり易く説明されています。
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